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第一回目 うつ病を照らす

第一回目 うつ病を照らす

●こころには窓があるか

 今月から精神疾患について、いろいろな角度から考えて、皆さんがなるべくわかりやすいように精神疾患を解説してゆきます。17-18世紀のドイツの科学思想家ライプニッツは「モナド」という物質や魂を構成する極限の要素には「窓がない」といいました。この言葉の真意については、いまだに議論の的で、諸説があります。しかし、純粋に物理学的にいえば、たとえば、2004年のノーベル物理学賞を受賞した理論であるクォークの話に極めて近いと私は考えます。物質を構成する単位である原子の核は、中性子、陽子から構成されますが、それらはまた、3個のクォークからなりたっています。現在、物理学で物質の最小構成単位はクォークであるということになっていますが、これを一個だけ中性子や陽子から取り出すことができません。それは、クォーク間に「強い力」という力が働いているからです。

 ある意味で、モナドを原子にたとえると、クォークを取り出しようがないということが、「モナドには窓がない」という言葉のひとつの解釈になるかもしれません。

 さて、こころには窓があるでしょうか。こころはその構成単位のようなものがあり、それを取り出してみることは可能でしょうか。こころというのは、複雑で、わかっていることが少し、大部分はわかっていません。しかし、人間というのはなにごとによらず原因がわからないと不安になります。以前、息子が小学生だった頃に「人間はなんのために生きているの?死ぬため?それじゃあ生きていても意味ないやん。」と無邪気に質問され、返答に窮しました(余談ながら、この子はとくに問題なく発達し、元気に暮らしていますが)。このような質問は「なぜなになにするのか」という文法的には一見正当な質問文として成り立つのですが、内容として質問としてふさわしくないものです。ところが、多くの高名な学者が真剣にこのような不適当疑問に、哲学、宗教、生物学などありとあらゆる立場から答えようとしてきました。そのような答えは一面的か適当かのどちらかです。ただ、そうなるのは仕方がないことで、質問を真正面から受け止めてしまった、ある意味善良な学者の良心から生じてしまうのです。今回の連載では、こころの問題、とくに私は精神科医ですから精神疾患に焦点を当てて、わかっていることと、わかっていないことをわかりやすく解説してゆき、こころの窓を開いてみたいと思います。(本当は、ライプニッツなら窓がなくても、こころとこころはわかりあえるというはずなんですが…。)


●精神科という壁

 こころの病気かもしれないと自分で思ったり、他の人から忠告されたとき、「せーしんか」に行こうと決断できますか。できたらあなたは、精神科についてあるいは精神疾患について、正しい認識を持っているのでこの章はとばしても結構です。しかし、たいていの人はできるなら、精神科には行きたくないと思うでしょう。理由はいろいろあるかもしれません。「自分は精神病ではないとおもうから」「こころの問題はあるけれどカウンセリングで治る、あるいは治そうと思うから」「そんなところ行ったら近所から変な目で見られるから」「精神科なんかにかかったことが知れると、会社をくびになる、結婚できなくなる」「精神科でなく、心療内科か神経内科でなおしてもらいたいから(一口メモ参照)」それぞれごもっともな理由ですが、こころの問題を扱うのは医療機関では精神科のみです。自分のこころの中にある精神科に対する偏見をまず取り除かねば問題はまったく解決しません。

 偏見や差別は精神疾患にはつきものです。ほとんどの人は精神病患者が危険であるとか治らないと思っています。京大病院の精神科は本院と道を一本隔てた西部構内にあります。私が入局したころは、他科に比べて非常に広い敷地に、平屋の病舎が庭の中に点在し、とても優雅でゆとりのある造りだなと感じていました。しかし、西部構内にあったのは、他には皮膚病特別研究所というハンセン病の施設と、胸部結核研究所という結核のための施設でした。明治40年代の京大病院創設時から、医者の常識としても、このような疾患は他の一般患者と分けなければならないという偏見があったのです。結核、ハンセン病に関しては、好酸菌という、同じ仲間の感染力の弱い細菌によって引き起こされる感染症であることがわかり、抗生物質の出現により、ほとんどわれわれの世代では偏見がなくなりました。しかし、最後の難関、精神病についてはいまだに医療関係者からも誤解をうけています。精神科にかかったことがあるだけで、一般病院の入院を断られたり、十分な治療を受けられなかったりすることが、悲しいことに今でもあります。おそらく、精神病は治らず、危険だという偏見を医者も持っていると思います。しかし、この連載で述べてゆきますが、精神病は、1950年代に治療薬が開発され、21世紀の今日では、きわめて治療成績が上がってきています。もう治らないとは言わせません。また、精神障害者の犯罪率は、実際、健常者のそれよりも低いことがかなり前から知られていました。それなのに、マスコミは、精神障害者が犯罪を犯すとこんなに危険だぞとばかりに、この犯人には精神科に通院歴があったという情報をかならず公表します。私は、これは、人権侵害であると思います。たまたま、障害者も犯罪を犯すこともあるでしょうが、知的障害や身体障害があっても、マスコミは大騒ぎしないでしょう。それをもって危険だというなら、犯罪は30代から40代の男性に多いからといって、働き盛りの男の人を世間は差別するでしょうか。
 このように、今日では、精神疾患に対する理解啓蒙を深めて、精神科という壁をとりはらってもらえば、皆さんの健康は、身体的のみならず、精神的にも万全に守られるでしょう。
次回はうつ病がどのような病気か、具体的に説明します。


●一口メモ

精神科、神経内科、心療内科の違い
精神疾患の患者さんが、しばしば精神科に行きたくない、心療内科で治してほしいなどといわれ、困惑することがあります。原因は、皆さんにその違いがよく理解してもらえていないからでしょう。精神疾患はすべて精神科でしか治せません。うつ病、統合失調症、パニック障害等等です。心療内科はストレスが原因で生じてくる身体症状を扱います。つまり、こころの問題が体にあらわれた人を診る科です。神経内科は神経という実態のある組織の病変を扱います。中枢神経も末梢神経も診ます。脳梗塞やパーキンソン病などです。つまり、精神科(現在は標榜できなくなりましたが、昔で言う神経科)だけがこころの病気を扱い、他は体を扱います。もちろん、摂食障害、認知症、てんかんなどは境界領域で複数の科で診ることもあります。厳密にはこういうことなのですが、私を含め精神科の医師が開業するとき、「何々精神科」という名称では患者さんが来にくいために、神経内科とか心療内科といって開業している場合があるので、その医療機関の名称からは実際なにが専門なのかはわからないという複雑な裏事情もあります。

先日、遠くに住んでいる知人から電話で子どもさんのこころの不調について尋ねられ、精神疾患であるから精神科で相談した方がよいと思いつつ、専門機関で相談した方がよいとお茶を濁してしまいました。結局、近くの心療内科を標榜している精神科医のところで治療を受け、子どもさんは元気になられたそうです。「終わりよければ全てよし」ですね。

(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)

2014-08-11 16:52:46

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著者プロフィール

北海道札幌市に生まれ育つ。
北海道人としてのアイデンティティを持っている。
ツキノワグマは怖くないと思っている。
自然が好き。

飛行機のパイロットになりたかったが、高校のとき自然気胸をし、夢を閉ざされ、医師になろうと方針転換したが、数学が苦手で困った。克服するために、朝学校へ行く前に、一題難問を覚えて、学校につくまでに、頭の中だけでその問題を解くという荒行をする。その成果か、偶然か志望校に合格できた。努力は報われると信じている。しかし、大手航空会社の経営危機の話が問題化してきて、人生万事塞翁が馬だなとこのごろ実感する。勉強するとお腹がすくのは何故だろうと真剣に考え、その時脳はどう活動しているのか知りたくて、今で言う認知科学を目指し、精神科医になる。

医者と言うのは基本的には「医局人事」ということがあり経歴欄にあるような病院にあちこち行く。転勤は大変だが、いろんな特色のある病院で働き、とても多くの得るものがあり、それが今も自分の血となり肉となっていると思う。阪神大震災のとき、ボランティアで神戸に行き、それがきっかけでPTSDの研究を主にする。フランスに留学し、付和雷同しない個人主義の真髄を学んだが、最近ようやく、日本以外の国ではそれが世界標準と言うことに気づき愕然とした。子どもが虫好きだったので、生態系や生物分類学に詳しくなってしまった。暇ができたら「さわっていい虫、悪い虫」といったテーマで、子どもと野山を駆け巡ったときに、一番必要だったけれど出版されたことがない本を書きたい。

基本的に、精神科医は忙しければ、忙しいほど座りっぱなしになるので、体を動かすのが好き。現在、マラソン、水泳、自転車に凝っているが、三つつなげてしたことはないので、バライアスロンと勝手に言っている。スキーはかなりうまいが、行く暇がない。もともと、文学青年なので、読書は好きだが、医学関係の活字を読まなければならないため、ほとんど読めない。さらに、開業して運動する機会が減ってきたので、毎日、自転車か走って通勤しようと思っている。荷物の中には、かならず水着を入れているのだが…。この、運動不足から肥満への悩みを解決すべく、ファスティングでも企画しようと思うが、また時間がなくなるとのジレンマで模索中。

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