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第二回目 うつ病を照らす

第二回目 うつ病を照らす

●うつ病はこころの風邪か
ちかごろ、ある製薬メーカーが「うつ病はこころの風邪です」といって、心療内科への行きにくさを解消するよう努力してくれました。これは、うつ病は誰でもなりうる、ありふれた病気で、きちんと治療すれば治りますよという点を強調してくれていて、心療内科医としてはありがたい反面、実は、やりにくくもなっているのです。私は「うつ病はこころの糖尿病である」などというほうが正しいと考えます。というのは、うつ病は、風邪と違い、長年付き合わなければいけない慢性疾患だからです。しかし、薬を飲みさえすれば、症状は数ヶ月で消失し、また正常な社会生活を営めます。治ると言うことと、薬を飲まないでもいいということはまったく違います。それは糖尿病や高血圧の患者さんが、薬を飲みさえすれば、「治る」のと同じことです。

●うつ病とは
よく、最近うつ病が増えていませんかという質問をうけます。しかし、これは、なかなかの難問です。なぜなら、うつ病の定義というのが今迄きちんとされておらず、いろいろな状態を「うつ病」といっていました。従来からのうつ病の診断は、原因によって分類されることが多く、たとえば、明らかな原因がみあたらず発症するうつ病を内因性うつ病、死別体験などが通常より強く長引く反応を反応性うつ病、葛藤を生む体験が抑うつ症状を引き起こす抑うつ神経症などと使い分け、診断する医者の判断で、すべてをうつ病といったり、内因性(かつては原因が特定できないという意味だったが、現在では遺伝素因と環境因の複合要因と考えられる)のものだけをうつ病といったりしていました。

●現在のうつ病の定義
現在、科学的根拠に基づいた治療を行おうとしている心療内科医、精神科医であれば、うつ病の診断基準は、米国精紳医学会のものを用いるのが一般的です。 表1のような状態が2週間以上続くことをうつ病あるいは大うつ病エピソードと呼んでいます。つまり、原因の如何を問わず、この表の項目にあてはまればうつ病とされるわけです。このような、診断方法を操作的診断と呼んでいます。操作的診断は、提案された当初、多くの精神科医、心療内科医から「こんなことで診察できるなら、精神科医はいらない。コンピューターに任せればいいだろう。」などという皮肉を言われましたが、今日では、すべてのうつ病に関する医学論文はこれに基づいて書かれるほどに全世界の精神科医に浸透しています。というのは、前節に書いたとおり、今までのようなやりかたでは、同じ「うつ病」の話をしようにも、医者によって考えていることが違っていて、議論がかみ合わなかったり、患者さんに説明するのに、ある医者はうつ病だというが、他で診てもらったらなんともないといわれたなどの弊害が大きかったからです。操作的診断法を取り入れることにより、どのような治療法が効果があるのかも、科学的に論じうるようになりました。つまり、経験より科学性を精神医学でも重視するようになったのです。
しかし、だからといって、経験のある医者がコンピューターに取って代わられるわけではありません。なぜなら、ひとつひとつの項目(例えば、抑うつ気分)に、はたして目の前の患者さんがあてはまるかどうかは、やはり経験を積んだ精神科医にしか判断できないからです。

(1)抑うつ気分
これは、気分が沈みこむこと、憂うつで、悲しく、希望のない、落ち込んだ状態です。「わけもないのに涙が止まらない」と表現される患者さんもいます。患者さんの訴えはもちろんのこと、その表情、外見からも気分が沈みこんでいる様子はわかります。図1のデューラーの銅版画はそのような様子をよく表しています。しかし、身体症状(全身倦怠感、肩こり、食欲不振など)を強く訴える患者さんでは、抑うつ気分があまり本人の訴えとして強く出てこないため、本人も医師も身体疾患と間違えやすいことがあります。これを、身体症状で抑うつ気分がmask(隠す)されるため、仮面(masked)うつ病ということがありますが、今日ではあまり使われない言葉になっています。

(2)興味または喜びの喪失
これは、それまで好きだった、趣味や娯楽にまったく興味を示さなくなることです。ある患者さんは、ゴルフが好きで毎週末行っていましたが、うつ病になってからまったく行けなくなりました。あるいは、テレビや雑誌すら見るのもしんどくなります。これが原因で「引きこもり」になる人もいます。性欲も衰えるため、結婚されている場合、離婚の危機に瀕することすらあります。

(3)食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
通常は減退します。

(4)不眠あるいは睡眠過多
通常は不眠になりますが、昼間意欲のなさから寝っぱなしになることもあります。また、不眠は、うつの前駆症状とも言われ、眠れなくなったらとにかく受診をお勧めします。

(5)精神運動性の焦燥または制止(沈滞)
通常は、考えが進まないようになり、口数も減ります。うまく人前で話ができないようになったと表現される方もいらっしゃいます。ときに、いらいらが一番の悩みになる人もいます。

(6)易疲労感または気力の減退
疲れやすく、全身倦怠感(からだのだるさ、しんどさ)を感じます。睡眠障害ともあいまって、体調不良になり、仕事はおろか、洗顔、着替えさえするのが疎ましく感じられます。

(7)無価値感または過剰(不適切)な罪責感
自己評価が低くなり、なんでも自分が悪い、自分のせいでまわりに迷惑をかけていると思い出します。時には、妄想ともいえるような考えにまでいたり、入院しましょうと勧めても「家にはそんなお金はありませんから無理です。」などと現実的でなくなります。

(8)思考力や集中力の減退または決断困難
集中力が持続しないため、仕事などまったくできなくなります。にもかかわらず、責任感が強いのと決断ができないので、仕事を休むことが出来ません。

(9)死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
これが、うつ病で一番問題の症状です。1から8までの症状で、自分は生きている資格がない、生きていてもまわりに迷惑をかけるだけだから死んでしまおうと本気で思ってしまいます。この症状が強ければ、即刻入院が必要です。自殺者の数10%はうつ病であると考えられています。

次回は、うつ病の原因、かかわりあいかた、治療法について書きます。

(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)

2014-08-11 16:58:31

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著者プロフィール

北海道札幌市に生まれ育つ。
北海道人としてのアイデンティティを持っている。
ツキノワグマは怖くないと思っている。
自然が好き。

飛行機のパイロットになりたかったが、高校のとき自然気胸をし、夢を閉ざされ、医師になろうと方針転換したが、数学が苦手で困った。克服するために、朝学校へ行く前に、一題難問を覚えて、学校につくまでに、頭の中だけでその問題を解くという荒行をする。その成果か、偶然か志望校に合格できた。努力は報われると信じている。しかし、大手航空会社の経営危機の話が問題化してきて、人生万事塞翁が馬だなとこのごろ実感する。勉強するとお腹がすくのは何故だろうと真剣に考え、その時脳はどう活動しているのか知りたくて、今で言う認知科学を目指し、精神科医になる。

医者と言うのは基本的には「医局人事」ということがあり経歴欄にあるような病院にあちこち行く。転勤は大変だが、いろんな特色のある病院で働き、とても多くの得るものがあり、それが今も自分の血となり肉となっていると思う。阪神大震災のとき、ボランティアで神戸に行き、それがきっかけでPTSDの研究を主にする。フランスに留学し、付和雷同しない個人主義の真髄を学んだが、最近ようやく、日本以外の国ではそれが世界標準と言うことに気づき愕然とした。子どもが虫好きだったので、生態系や生物分類学に詳しくなってしまった。暇ができたら「さわっていい虫、悪い虫」といったテーマで、子どもと野山を駆け巡ったときに、一番必要だったけれど出版されたことがない本を書きたい。

基本的に、精神科医は忙しければ、忙しいほど座りっぱなしになるので、体を動かすのが好き。現在、マラソン、水泳、自転車に凝っているが、三つつなげてしたことはないので、バライアスロンと勝手に言っている。スキーはかなりうまいが、行く暇がない。もともと、文学青年なので、読書は好きだが、医学関係の活字を読まなければならないため、ほとんど読めない。さらに、開業して運動する機会が減ってきたので、毎日、自転車か走って通勤しようと思っている。荷物の中には、かならず水着を入れているのだが…。この、運動不足から肥満への悩みを解決すべく、ファスティングでも企画しようと思うが、また時間がなくなるとのジレンマで模索中。

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