今回はうつ病の患者さんにどうかかわるか、医学的なことも含めながら、まわりの人たちがどうかかわったらよいかについて述べます。
表1.患者さんへの説明のしかた
■十分な休養が必要です。
■病気であることを理解しましょう。
■治る病気であり、社会復帰もできることを理解しましょう。
■自殺など、自己破壊的な行為を行ってはいけません。
■うつ病がよくなるまでは、大きな決断をすることは避けましょう。
うつ病の患者さんとのかかわり方で一番大切なことは、表1.に示したとおりです。この表は、やや治療者的観点で書いてあります。家族などへのかかわりかたについては後述します。
●休養
一番大切なことは、「休養」です。ここに、よくいわれる「励まさない」「気晴らしを考えさせない」ということも含まれます。私はこのことの重要性を、よく充電池にたとえます。「あなたはこころの充電池が切れている状態ですから、何もしないで、何も考えないで休養してください。気晴らしなんて考えると、充電しながら放電もしてゆくので、気晴らしなんて考えないでください。」と説明します。よく、有名人が、休養期間をとることを「充電期間をとる」と表現しますので、案外これは受け入れてもらいやすい言い方です。
精神科医はうつ病の患者さんがいらしたら、すぐに休養をとらせるための診断書を書くものです。薬と並んで治療の両輪です。
しかし、ある患者さんは、それでも、会社をこんなにやすめることはめったにないのだから、外国旅行をしてきますといいました。これは、非常に危険なことです。私は、2年間パリで生活したことがありますが、あちらで日本人の精神保健相談に応じている先生と親しくしていました。その先生はうつ病だけとは限りませんが、死に場所を求めて、パリに来る日本人のいかに多いかを話してくれ、そのことを書いた本も出されました。自分の家に居てさえ、つらく、苦しい人が、言葉も文化も違う場所に行くのは非常に危険です。国内旅行でも基本的には同じことです。また、ある患者さんの家族は、「うちの**はうつ病で休みなさいと先生に言われて以来、ずっと寝たままです。かえって、会社に行っていたころのほうがよかったように思います。かえって悪くなったのではないでしょうか。」と尋ねられました。しかし、睡眠こそが、究極の「休養」なのです。自然が与えてくれた、一番安全な薬です。たとえ、本当に眠らないにしても、うつ病の急性期は一日中閉じこもり、ごろごろしているのが一番です。
●病気であることの理解-直すから治すへ
これは、会社でも、能率があがらず、自分はだめな人間で、家でごろごろばかりしているのは、「なまけ」であるという、患者さん(そしてその家族にもありがちな)の認知の誤りです。うつ病は決して怠けではなく、れっきとした病気です。このことを十分に理解しないと、ちゃんと病院に来て治療を受けようという気になりません。表の次の項目は、このことです。怠けなら、治すという問題ではなく、直すという問題ですから病院に来ません。病気ならば治すことが出来るのです。とくに、うつ病は抗うつ薬という薬があり、かなり有効です。最近はSSRIやSNRIという新型の抗うつ薬ができたおかげで、副作用がほとんどなく治療できるようになってきました。医学も進歩しています。最初の抗うつ薬イミプラミンが開発されたのが、1958年のことでした。しかし、この系統の薬は、眠気や口の渇き、便秘などの副作用を伴うので、患者さんからは、「先生の出した薬飲んだら元気が出るどころか、前より眠くなった。」とよくお小言を頂戴しました。それでも、なんとか「辛抱強い」患者さんは、薬をのんでくれ、治っていたのですが、先に述べたような副作用のために薬を飲むのを嫌がり、二度と病院に来なくなる患者さんも多かったのです。SSRIやSNRIは従来の薬より効果が高いわけではありません。しかし、副作用の少なさから、きちんと医師の指示通り服薬してくれる患者さんが増えたせいでしょうか、治療成績は一昔に比べ格段によくなりました。ほぼ、90%ぐらいの患者さんが、社会復帰できています。
では、残りの10%の人はというと、難治性といわれますが、最近では、修正型電気痙攣療法というのもとりいれられ、効果をあげています。難点は、効果が長続きしないところで、いったんは回復しますが、また、再発を繰り返すという人もなかにはいることも事実です。
しかし、21世紀になってからでてきた、新型抗うつ薬のおかげで、患者さんの生活しやすさは非常に改善ざれているのです。
●自殺の回避
うつ病は、それ自体では死ぬことのない病気です。しかし、重症であればあるほど、うつ病の患者さんは自殺を考えます。「自分は能力がない。怠け者だ。」という非常に強い自責感にかられます。そういう患者さんに絶対に「それは怠けだ、もっと頑張れ」などと言ってはいけません。あるいは、さまざまな方法で今までのことを「反省」させるのもいけません。そういうことをすると患者さんの希死年慮(死にたくなる気持ち)を強化するだけです。
こういう患者さんには、「あなたは治る病気なのだから、まず病院へいってみなさい。無理は禁物です。」と言ってあげるのが、一番正しい接し方です。しかし、中には、妄想とよべるほど、自分が取るに足らない、卑怯者、怠け者で、とても生きている資格などないと思いつめている方もおられます。このような方は、本当に自殺を決行しますので、本人が病院にいってもしかたがないなどというようなら、無理やりにでも病院につれてきたほうがよいでしょう。ある統計によるとうつ病の自殺率は10%となっています。
●決断の回避
うえに述べたような状態から、死ぬにまでいたらなくても、会社に辞表を出そうとしたり、婚約を破棄しようとしたりする人がいます。うつ病のとき、大きな決断をしてはいけないといわれています。このことについて、はっきりと理由を説明したものを読んだことがありません。理由は次の三つでしょう。
第一に、うつ病で自己評価が落ちているときに正確な決断が下せないこと。
第二に、えてして、このようなときに下した決断は、うつ病が治ったあとで取り返しのつかないことで、後悔することになるから。
第三が重要なのですが、ものごとの判断をするというのは、非常に精神的エネルギーを要することなのです。これを、休養が必要な患者さんにさせるのは、また、いっそうの抑うつ状態を引き出すことになります。
以上の理由から、「なるべく現状維持で行きなさい」というアドバイスが、非常に重要になるわけです。
表2.家族やお世話をする方が患者さんをバックアップするための6つのポイント
1.あまり態度を変えずに、今までどおり自然に接しましょう。
2.安易な励ましは逆効果になるときもあります。温かく見守りましょう。
3.考えや決断を求めることはやめましょう。
4.外出や運動を無理に勧めず、ゆっくり休ませてあげましょう。
5.重要な決定は先のばしにさせましょう。
6.家事などの日常生活上の負担を減らしてあげましょう。
患者さんの家族やお世話をされているかたから、いったい患者さんとはどういうふうに接したらよいのでしょうとの相談を必ずうけます。
なにも、特別な治療的態度などありません。表2.のように自然に受け止めてあげてください。
●一口メモ
適応障害あるいは新型うつ病と従来のうつ病
最近、非定型うつ病とか新型うつ病という言葉が、精神科医の中でも流行りだし、こういうタイプの人に治療は不要だという極論まで述べる人さえいます。新型うつ病とは定義すらはっきりしないはやり言葉ですが、あえてその定義らしきもの(言っている人により違うので)をいうなら、1.好きなことならできる(むしろ活動的に)2.他責的(うつ病は普通なんでも自分が悪いと自責的になることの逆)3.過食、過眠傾向といったところです。
何のことはない、今まで適応障害と診断してきた病気そのもののことです。適応障害とうつ病の違いは、「きっかけとなるストレス因がはっきりとしていてしかも了解可能なもの」である場合には適応障害です。逆にそれがはっきりしないで、生活全般においてやる気を失うのが従来型うつ病です。もちろん、両者とも治療は必要かつ有効です。ただ、適応障害のほうは、ストレス因を取り除けるようにカウンセリングが必要な場合もあります。
新型うつ病に治療は不要だとか、ただの怠けものだという精神科医のセンスやモラルを疑います。だいたい、はやりの用語を使う精神科医は怪しいものだと思ってください。
うつ病に励ましの必要な時
基本的にはうつ病には励ましは禁物といわれてきました。しかし、欧米ではそんなことはひとつも言われないし書かれてもいない。日本だけの経験則です。ただ、これは日本ではなぜか本当に本質的に重要な療養指示であることは臨床経験からも明らかです。もちろん、私も、この「うつ病患者は励ましてはいけない。」ということに基本的には賛成です。特に、従来型うつ病の病状が悪い時には絶対にいけません。ただ、例外的な状況はあります。1.十分に回復し、社会復帰にためらいがあるとき2.適応障害(あるいは新型うつ病など)の軽度抑うつ状態で、気晴らしが休養になると判断される場合3.抑うつ性のパーソナリティー障害の関与が著しい時などです。
しかし、本人が嫌がっている場合に無理強いは決していけません。また、励ましたほうがいい段階に入っているかは、熟練した精神科医の判断がなければ無理です。ですから、読者の皆様は、やはり基本に忠実に、「励まし、気晴らしは禁物」と思っていてください。ただし、医師が「頑張ってくださいよ。」と言ったからとしても驚かないでください。薬物療法の進歩のみならず、精神療法でも、適切な言葉かけ・そのタイミングなど、療法がより具体的な変化を遂げています。
適応障害のケース
会社に今春大学を卒業し入社したA子さんは、もちろん初めての仕事ですからいろいろミスをおかし、先輩社員から厳しく叱責されることが数度ありました。接客態度、電話の対応、言葉づかい、そして書類の製作ミスなどで、とくに女性の上司や先輩から人格を否定するような叱責や「あなた向いていないんじゃない。辞めたら。」などの非難を受けました。次第に、抑うつ気分、不眠、頭痛、食欲不振、緊張と集中力の低下のためのさらなるミスなどが現れ、ついに出社しようとすると不安が高まり会社にゆけなくなり、自宅でリストカットしたため受診されました。抑うつ尺度を用いた心理テストでも中等度の抑うつ状態レベルの得点が出ました。症状は、会社が休みの日にはましになり、薬物療法を開始し、診断書を書いて会社を休ませたところ、すぐに何の症状もなくなりました。数か月の休養、治療で元気を取り戻したため、本人と家族の希望で海外旅行にも行き、十分、旅行を満喫して帰ってきました。
そろそろ、会社に復帰していいですかと本人から問われたので、「あなたがその気になれたのなら問題ありません。」といい復職可の診断書を書きました。ところが、それを提出しに行くために電話をしようとしたら、やはり、不安で眠れなくなったとのことでした。会社の上司の方と、本人、家族を交えて話し合いをし、トライアル出社から始める社会復帰プログラムを作成してもらいました。中には、調子が悪ければいつ帰ってもいいこと、やや合わない先輩とは別の部署に異動させてもらうことなどを盛り込んでもらいました。その結果、約1ヶ月後に出社できるようになり、その後も薬を飲みながら、だんだんとスムーズに会社にゆけるようになりました。
このケースでは、会社あるいは特定の先輩、上司というストレス源から離れると、うつ病症状は消失しますから、従来型うつ病ではなく、適応障害です。治療は、薬物療法とストレス源からの分離、しばらくの休養、さらに社会復帰のためのプログラム作りということで治療が成功しました。産業衛生の世界でメンタルヘルス(特にうつ病)が脚光を浴びていることにより、ストレス源からの分離が容易だったこと、抗うつ剤への反応がよかったことなどが治癒を促進した因子であると考えられます。もちろん、トライアル出社の段階になった時、「頑張ってね。」とも言いましたが。
(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)
2014-08-11 17:10:32
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