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統合失調症を照らす 第1回目

統合失調症を照らす 第1回目

●名症変更と差別

 統合失調症は、2002年まで、精神分裂病と呼ばれてきた疾患です。しかし、あたかも人間性そのものまでもが分裂、解体してしまっているような印象を聞く人に与えるため、いろいろな立場の人がこの名称の変更を問題提起してきました。特に、患者会、家族会の皆さんの名称変更に対する要望から、精神科の学会として、日本で一番大規模で包括的な日本精神神経学会が、苦労を重ねて統合失調症という呼び方に変えるよう決議しました。ですから、厚生労働省が決めたというような性質の名称変更ではありません。また、これは日本だけの名称変更で、欧米圏で名づけられたschizophreniaという原語のほうが変わったわけでもありません。この変更の是非については、かなり論議がありましたが、いまでは、ほとんどの医療機関や行政機関でひろくこの名称が使われ、その使用が推奨されています。

 このような、議論を巻き起こしたのは、まぎれもなく、精神病者に対する差別や偏見の歴史があり、現在もそれが続いているからです。そもそも、精神科や精神病に対する偏見は、この病気に関する理解の不十分さから出てきます。差別を含めて、いろいろな意味で、精神病を代表する疾患であり、精神科医の使命はこの病気の本体解明と治療にあるといっても過言ではありません。

 まず、世間一般からの差別です。「精神病の人は、何をするかわからないし、危険だから怖い。」などという誤解があります。たしかに、病気の急性期には、幻覚、妄想に支配され、意味不明のことをいったり、暴れたりする患者さんもいないことはありません。私自身、学生のとき、ある精神科病棟に見学に一週間ほど行きました。精神科に進もうと思っていましたのでかなり勉強はしていて、自分なりに教科書から得た知識で、それこそ「統合失調症の人は了解不能で、自閉的」などと思い込んでいました。ところが、研修初日、病棟に入り一番驚いたのは、私が行くと患者さんがなだれのように押しかけてきて、「先生名前は?」「どこからきたの?」「ずっといてくれるの?」「結婚してるの?」などなどつぎからつぎへと入れ替わり立ち代りの質問攻めに会いました。しまいには「先生、わたしなあ…」と自分の人生相談までされました。教科書の記述とはおよそかけ離れており、なんてこの人たちは純粋で、無垢で、ひとなつっこいのだろうと感じ、それまでの精神病者に対するイメージがコペルニクス的転換をとげました。ただ、やはり、部屋に閉じこもり、一日中独り言を言い、自分の世界に閉じこもっていたり、話しかけてみてもまったく支離滅裂で何を言っているかさえわからない人もごく少数いました。もちろん、大多数は統合失調症の患者さんでした。しかし、教科書に書いてあるような「典型的な」患者さんを探すのには苦労しました。

 世間の差別偏見は、だいたい噂が形成するのですが、それに大きく関与しているのが、今日では、マスコミの報道姿勢です。なにか、凶悪な犯罪があると、その犯人は精神病院に通院歴があったとか、動機についてあいまいな供述をしているので精神鑑定をする方針だなどという報道です。しかも、念のいったことに有識者の見解などまで載せられます。精神障害者の犯罪率は、健常者の犯罪率より一けた違うほど少ないのです。なのに、精神障害者はいかにも危険だといわんばかりの、現在の報道姿勢はいかがなものでしょうか。

 第二に、家族からの差別です。家族がなんらかの病気にかかれば、だれしも心配し、たとえ現在の医学でも治しようのない病気であるにしろ、一生懸命その人の介護に尽くすのではないでしょうか。少なくとも、病気だからといって、介護が面倒くさい、もう会いたくない、一生病院に置いて欲しいとは思わないのではないでしょうか。ところが、統合失調症の場合、そんなひどいことが起こるのです。私の勤務していた病棟でも、数名の患者さんが、入院歴が10年を越えていました。精神症状はもうまったく落ち着いていて、退院してもいっこうにかまわないのにです。理由は、退院してもいいですといっても家族が引き取りを拒むのです。「あんな大変な人に帰ってきてもらったら困る。」「これから嫁に出さなければならない娘がいるのに、親戚にこんな人がいると思われたら困る。」などと言われます。ひどい場合には、何年も面会にすらきません。こういう入院患者さんたちを社会的入院といい、全国の精神病院入院患者42万人のうち、7万2千人が社会的入院患者であると推定されています。

 第三に医療従事者からの差別です。統合失調症の患者さんでも、身体疾患になり、入院が必要になることが当然あります。ところが、統合失調症で通院や入院歴があるとわかると、「術後暴れるかもしれないから」とか「他の患者さんが気味悪がるので」などの理由で体よく入院を断られることが今もあります。治療法の進歩で、これから育ってゆく医師たちからは、このような理不尽な差別意識が薄らいでゆくものと期待しています。

 第四が、一番問題なのですが、患者さん自身の中にある差別意識です。統合失調症の方は、自分が統合失調症であることをなかなか認めようとしません。これを、精神医学はいままで「統合失調症患者は病識がない」という言い方で片付けてきました。しかし、なぜ病識がないのかまともに論じた論文はありません。もちろん、幻覚や妄想とかがあり、現実と空想の境界があいまいになる病気ですから、しかたがない部分はあるのですが、私は、病識のなさは、部分的には患者さん自身の統合失調症に対する差別意識から出てきていると思います。病院で医療を受けている患者さんでも、「私はうつ病で治療してもらっている」とか「ちょっとノイローゼなだけ」とかいわれます。正しい病名を伝えると「私を**扱いするつもり!」と差別用語を使って反論されます。しかし、きちんと治療し、精神的に疾病を受け入れることが段階になったところできちんと説明すれば、外来患者の90%、入院患者の55%がそれなりに自分の病気について理解できるということが、最近の調査でわかりました。いちがいに統合失調症の患者さんは病識がないわけではないのです。きちんと治療し、説明すれば、かなりの患者さんが病気を受け入れ、なお精神病だからといって自己評価が落ちることもなくなります。

 かつて、「反精神医学」というのが叫ばれ、医者が患者に精神病というレッテルを貼って病気を作っているんだとか、近代産業社会からの疎外が精神病を作り出すのだという批判がなされたことがありました。差別と戦うという意味においては一定の意味がある運動でしたが、すべてをそのせいにし、生物学的基盤など無視したため、精神医学の発達はその時期遅れ、今もその負の遺産は受け継がれています。正確な疾病理解が広がることこそ差別の基本的解決に結びつくと思います。


●一口メモ
 クリニックを開くとき、同僚の医師たちから、「クリニックなんて、うつか適応障害ぐらいしか来ないよ。」と異口同音に言われました。しかし、実際蓋を開けてみると、なんと統合失調症の患者さんが多いのです。よくよく聞けば他のクリニックでは、患者さんの言うことを10分ぐらいしか聞かないで、さらに医師からの質問もなく「落ち込む。」といえば「うつだから、抗うつ薬を飲みなさい。」と言われるそうです。当然のことながら、当院ではカウンセラーの病歴聴取の後で、30分以上かけて信頼感を形成しながら、きちんとした患者さんの本当の悩みを聞きだします。その結果、統合失調症である人を見出す割合が高くなっていると思われます。

 しかし、正確な診断にたどりついても、患者さんに告知すると半分ぐらいの人が来なくなってしまいます。やはり、現実と向き合うのは、勇気のいることでしょう。そこらへんも含めて、きちんと説明し、「今は早期に発見できたのですから、すぐに治療すれば治りますよ。」という言葉を信じて治療を続けてくれた方は、きちんと社会復帰にいたります。
 結局、差別での一番の問題は、患者さん自身の中に潜む、精神病差別なのです。

(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)

2014-08-11 17:12:51

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著者プロフィール

北海道札幌市に生まれ育つ。
北海道人としてのアイデンティティを持っている。
ツキノワグマは怖くないと思っている。
自然が好き。

飛行機のパイロットになりたかったが、高校のとき自然気胸をし、夢を閉ざされ、医師になろうと方針転換したが、数学が苦手で困った。克服するために、朝学校へ行く前に、一題難問を覚えて、学校につくまでに、頭の中だけでその問題を解くという荒行をする。その成果か、偶然か志望校に合格できた。努力は報われると信じている。しかし、大手航空会社の経営危機の話が問題化してきて、人生万事塞翁が馬だなとこのごろ実感する。勉強するとお腹がすくのは何故だろうと真剣に考え、その時脳はどう活動しているのか知りたくて、今で言う認知科学を目指し、精神科医になる。

医者と言うのは基本的には「医局人事」ということがあり経歴欄にあるような病院にあちこち行く。転勤は大変だが、いろんな特色のある病院で働き、とても多くの得るものがあり、それが今も自分の血となり肉となっていると思う。阪神大震災のとき、ボランティアで神戸に行き、それがきっかけでPTSDの研究を主にする。フランスに留学し、付和雷同しない個人主義の真髄を学んだが、最近ようやく、日本以外の国ではそれが世界標準と言うことに気づき愕然とした。子どもが虫好きだったので、生態系や生物分類学に詳しくなってしまった。暇ができたら「さわっていい虫、悪い虫」といったテーマで、子どもと野山を駆け巡ったときに、一番必要だったけれど出版されたことがない本を書きたい。

基本的に、精神科医は忙しければ、忙しいほど座りっぱなしになるので、体を動かすのが好き。現在、マラソン、水泳、自転車に凝っているが、三つつなげてしたことはないので、バライアスロンと勝手に言っている。スキーはかなりうまいが、行く暇がない。もともと、文学青年なので、読書は好きだが、医学関係の活字を読まなければならないため、ほとんど読めない。さらに、開業して運動する機会が減ってきたので、毎日、自転車か走って通勤しようと思っている。荷物の中には、かならず水着を入れているのだが…。この、運動不足から肥満への悩みを解決すべく、ファスティングでも企画しようと思うが、また時間がなくなるとのジレンマで模索中。

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