医療法人 菅原クリニック

パニック障害を照らす1回目

― 神経症という視点から ―

今回から、いわゆる神経症圏内の疾患について書いていきます。
「神経症」という言葉は、日本語よりもドイツ語のノイローゼ(Neurose)のほうが、しっくりくる方も多いかもしれません。

ドイツ語圏では19世紀後半から、精神障害を大きくノイローゼ(神経症)プシヒョーゼ(精神病)に分けて考えてきました。後者は日本ではあまり知られていませんが、ノイローゼという言葉は、なぜか誰もが知っている言葉になりました。ただし、その意味はかなり広がり、本来の定義から離れて、精神障害全般を指す言葉として使われていることも少なくありません。

笠原嘉先生は、1976年の論文「神経症についての総説」の中で、神経症を次のように整理しています。

  1. 原因が身体にあるのではない機能性の精神障害で、精神病に比べて軽症、原則として治癒可能
  2. 主観的症状が中心で、その核は不安
  3. 病因的には心因性・反応性
  4. 特有のパーソナリティや素因を前提とすることが多い

(原文は難解な表現も多いため、理解しやすいよう筆者が一部改変しています)

要するに、不安を中心とした、比較的軽症で治療可能な精神障害ということになります。

現在、アメリカ精神医学会の診断体系(DSM)では「神経症」という言葉は使われていません。
一方、世界保健機構(WHO)の診断分類では、現在も広い意味でこの概念が許容されています。

【注:DSM-5-TRと神経症】
DSM-5-TRでは「神経症」という疾患単位は存在しませんが、不安障害群、強迫症関連障害群、身体症状症群などは、臨床的には神経症圏として一続きに理解したほうがわかりやすい場面が少なくありません。診断名は変わっても、患者さんが体験している「不安と回避の連鎖」は連続した現象です。


パニック障害とは

精神医学の診断基準は、現在ではアメリカ精神医学会のDSMが事実上の世界標準となっています。
DSMでは、かつて神経症と呼ばれていた疾患群は、

  • 不安障害群
  • 身体症状症および関連症群
  • 解離症群

などに分かれて整理されました。その結果、疾患ごとの輪郭は明確になりましたが、共通する心理的メカニズムが見えにくくなった側面もあります。

今回取り上げるのは、神経症圏の代表例であるパニック障害です。

パニック障害の中心にあるのは、パニック発作です。
若者言葉の「パニクる」とは違い、これは医学的に定義された、非常に切実な体験です。

パニック発作では、動悸、冷や汗、震え、息苦しさ、胸痛、吐き気、めまい、気が遠くなる感じ、「このまま死んでしまうのではないか」という強烈な恐怖が、前触れなく突然出現します。多くの場合、10分前後でピークを迎え、自然におさまります。

本人にとっては「命の危機」そのものであり、救急車を呼ぶことも珍しくありません。過呼吸発作もこの中に含まれます。

検査の結果、「異常はありません」と説明され、その説明に納得できれば、一回限りの発作で終わることもあります。しかし、

「また起きたらどうしよう」

という予期不安が強まり、発作が起きた状況を避けるようになると、パニック障害と診断されます。

【注:DSM-5-TRでの位置づけ】
DSM-5-TRでは、パニック障害は独立した診断名として残っています。かつて必須条件だった「広場恐怖との結びつき」は切り離され、臨床像に応じて併記する形になっています。


パニック障害の人が苦手な場所

この障害を一生のうちに経験する人は、1〜5%程度とされています。決して珍しい病気ではありません。

典型的なのは、電車やバスなどの乗り物の中で体調が悪くなり、それをきっかけに乗り物全般が怖くなるケースです。
興味深いことに、「各駅停車なら大丈夫」「特急でもトイレ付きなら何とかなる」という方が少なくありません。

そこには、「逃げられる」「対処できるかもしれない」という感覚が関係しています。

同様に、人混み、理容室、美容室、歯科医院など、途中で抜け出しにくい場所が苦手になることもあります。

これらは従来、「広場恐怖」と呼ばれてきました。
名前から誤解されがちですが、これは「広い場所が怖い」という意味ではなく、逃げ場がない、助けを得にくい状況への恐怖を指します。

【注:用語について】
DSM-5-TRでは「広場恐怖(Agoraphobia)」は独立した診断名です。エレベーターや閉鎖空間が苦手でも、逃避困難性が本質であれば広場恐怖に含まれます。


治療について

かつて、神経症圏の疾患には「決め手となる薬」がありませんでした。しかし現在では、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の登場により、治療の選択肢は大きく広がりました。

日本では、パロキセチン(パキシル)とセルトラリン(ジェイゾロフト)がパニック障害に対して保険適応を持っています。他のSSRIや抗うつ薬が有効な場合もあります。

薬物療法と並んで重要なのが精神療法です。認知行動療法の有効性は、現在も多くの研究で支持されています。

私は、患者さんに「パニックノート」をつけてもらっています。
日付、発作の程度、起きた状況、そのとき何を感じたか。たった一行で構いません。

それを診察室で一緒に振り返ることで、
「不安はいつ、どこで、どのように膨らむのか」
が、少しずつ見えてきます。

人にはそれぞれ、反応しやすい状況があります。それを知り、対処法を考え、経験を積む。
そうするうちに、発作の回数は目に見えて減っていきます

やがてノートを見返し、「この一年、発作は起きていない」と気づく瞬間が訪れます。その実感が、自信になります。

たかがノート、されどノートです。


最後に

二つだけ、強調しておきたいことがあります。

一つ目は、薬を過度に恐れないことです。
「薬に頼る」という言葉がありますが、効く薬がある時代に生まれたことは、不幸ではありません。

二つ目は、精神療法に唯一の正解はないということです。
私のようにノートを使う医師もいれば、別の方法をとる医師もいます。大切なのは、自分に合った治療と出会うことです。

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