医療法人 菅原クリニック

統合失調症を照らす 第2回目

●わかりやすさのわりに説明は難しい病気
 今回は、統合失調症とはどういう病気であるかを具体的に説明してゆきます。しかし、ぱっと見た目に非常にわかりやすい病気であるにもかかわらず、統合失調症とはこういう病気ですよと一言でいうのは、意外に難しい病気です。
 一見して服装、身なりが奇異で、独り言などいったり、わけのわからないこと急に言ってきたり、自分の殻に閉じこもってしまったり、非常にわかりやすい病気です。典型的な場合は、街ですれちがっただけでわかります。べつに、私だけが精神科医になって修練積んだからわかるのではなく、子どものころからわかりました。私だけではなく、ほとんどの人が、この病気の人をみると「何かが変、おかしい」と感じると思います。

●クレペリンの早発性痴呆という考え
 ところが、この病気を言い表そうと、多くの学者が、いろんな言い方をしました。たとえば、この病気を最初に報告したドイツのクレペリンという人は、「思春期に発病し、多かれ少なかれ人格の荒廃にいたる」精神疾患と位置づけました。しかし、今日では、かならずしも、人格の荒廃にいたらないことがありますし、むしろ、治療法の発達で社会復帰できる患者さんがかなりの割合を占めます。また、女性ではむしろ、中年期の発症も多いということがわかっています。

●ブロイラーのSchizophrenieという考え
 その後スイスのブロイラーという人が、この病気の現代でも使われている「Schizo(引き裂かれた)phrenie(こころ)」という命名をしました。現代訳では統合失調症と訳します。そのブロイラーは統合失調症の基本症状を
「連合弛緩(考えのまとまりがなくなり、つぎからつぎへと関連のないことが頭に思い浮かび、ついには支離滅裂になること)、
感情鈍麻(その場にふさわしい深みのある感情の表現の失われること)、
自閉(自分自身のからに閉じこもり、現実との関係を失うこと)、
両価性(相対立した感情の動きを体験すること)」
という四つの症状であるといいましたが、これには、幻覚や妄想は含まれず、また、両価性など認められる患者さんはあまりいません。また、軽症や、初期の患者さんにはこれらの症状が認められません。

●シュナイダーの一級症状
 この後ドイツのシュナイダーという人は、躁うつ病との症状比較から、統合失調症の一級症状という症状を観察しました。それは「思考化声(考えていることが声になって聞こえてくること)、対話性幻聴(複数の人が会話している声が聞こえること)、自分の行為を批判する幻聴、身体的影響体験(体の中でなにかが動く、電波や光線に体が痛めつけられるなどの体験)、思考奪取(考えが抜き取られるという体験)、思考吹入(考えが外から吹き込まれるという体験)、思考伝播(自分の考えていることが周囲の人に知られているという体験)、妄想知覚(人が咳をしたのは、自分のことを嫌っているからだなどというように、知覚したことに、特別の意味づけをすること)、作為体験(思考、感情、意欲の面で自分の体験があたかも他者からさせられたように感じる体験)」などです。この考えの多くは、自分の意識があたかも自分のものではないという感じを表しています。この考え方は、現在でも統合失調症の理解に重要な概念ですが、いかんせん統合失調症のすべてをこれだけで語りつくせませんし、このような症状の出ない患者さんもたくさんいます。

●現在の診断基準
 では、わたしたち精神科医が現在どのような基準に基づいて統合失調症の診断をするのかといえば、やはり、米国精神医学会の診断基準に基づいています。これは、

1.幻覚(ありもしない人やものの音や声が聞こえたり、見えたりすること)
2.妄想(現実についての誤った確信で、そのひと一人にしか通用せず、現実でいくら証拠立てて訂正しようとしても不可能なもの)
3.まとまりのない会話(頻繁に脱線したり、滅裂な内容になる)
4.ひどくまとまりのない行動、あるいはわけもないのに暴れたり、意識はあるのに無反応になったりすること。
5.陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如。などのうち二つ以上が6ヶ月以上つづく場合です。

●直感的診断の功罪
 やたら専門用語が多いし、ひとことでこうだという的を射た解説が無いと読者の方は思われるかもしれません。しかし、統合失調症は、直感的にわかりやすい病気です。センスのある方には、本を読むよりそういうひとに出会っただけで、診断できます。リュムケという医師は統合失調症の人特有の、自然な会話の流れの無さ、気持ちの通じ合いにくさ、奇妙な印象をプレコックス感となづけました。じつは、このような感覚は今でも診断の際重要視されますが、やはりそれを感じるか、感じないかが医師によってばらつきます。
このような「直感的診断」には弊害もあります。また、医師が行なう診断というのはそれなりに重みがありますし、責任もありますから、統合失調症のようないろいろな意味でデリケートな疾患については、やはりなるべく客観的診断基準をもうけたほうがよいという趣旨から、ややこしい説明になってしまいました。

●もっとも現代的な考え方
 現在では、統合失調症の症状といえば、陽性症状、陰性症状、認知障害の三つであると要約されています。陽性症状とは幻覚、妄想などです。陰性症状は感情の平板化など先述したようなものです。陽性症状は急性期に特徴的で薬物療法が有効です。陰性症状は慢性期やゆっくりとした発症の人に特徴的で、最近まで、あまりよく効く薬がありませんでした。今は、薬物療法もある程度有効で、この症状にはリハビリテーションが必要です。認知障害ということが最近は強調されるようになりました。思考障害もいまはここに含めるのですが、それ以外に特徴的なのは、情報処理能力の低下、言葉を自発的に話す能力の低下、学習能力の低下、注意集中の困難などです。以前の教科書を見ると、統合失調症では、知的能力は保たれると書いてありましたが、認知障害のため、現在では、知的水準も低下するという考えが主流です。しかし、これも、治療法の発展により、改善できるようになってきました。

●統合失調症は治る
 私が精神科医になったころは、統合失調症は治りにくい病気であり、患者さんや家族の方に病名を尋ねられても、「まあ、疲れすぎですよ」などといってお茶をにごしていましたが、現在ではなるべく正確な病名を告げ、治療するよう勧めます。それだけ、治療法の発達で、統合失調症も治る病気になってきたのです。
 みなさんの周りに、この病気の方がいたなら、まよわず精神科受診を勧めて下さい。また、よくある要望がカウンセリングで治したいというものですが、この病気は、もっともカウンセリングの適応にならないもののひとつです。さらに、注意点ですが、患者さんにこういう症状はないかと、無理に問いただせば、患者さんの不安を高め、不穏状態や興奮状態にしてしまうことがあるので、とにかくまず、専門家に相談して下さい。

症例Aさん
 Aさんは「気分が落ち込む。イライラする。」という訴えで、複数の医療機関に数年前から通っていました。しかし、いっこうに良くならず、数日前に学校で友達に言われたことがショックで、イライラしてしまい、その友達と喧嘩してしまったとのことで私のもとへ来ました。
 たしかに、気分の落ち込みもありますし、うつ病の評価尺度(心理テスト)でも、かなり高い点数です。ところが、「周りの人が、自分の悪口、噂を、陰でこそこそしている。」とか、「他人に見られると、何か、自分がおかしいといわれているのではないかと思う。」「以前の些細なことが、次から次へと頭に浮かぶ。」「注意が集中できず、いろいろなことが頭に浮かぶ。」などのことがあるといいます。
 友達との喧嘩も、何気ない友達の話が「自分を責めているように聞こえた。」からだそうです。このような状態は、軽度の被害・関係妄想、妄想知覚、連合弛緩という状態であり、統合失調症の初期に特徴的です。さらにこのような状態から、他人を避けるようになれば、「自閉」となり、いわゆる「ひきこもり」「不登校」という状態になります。
 Aさんには、それまで投与されていた抗うつ薬ではなく、抗精神病薬を投与したところ、症状はすみやかに消え、また学校に行けるようになりました。

●ポイント
心療内科、精神科でいちばん見逃されやすいのは、このようなタイプです。患者さんの話を十分に聞かず、「落ち込んでいます。」と言ったら、うつ病です、抗うつ薬を飲みなさいとか、「眠れません。」と言ったら、不眠症です、睡眠薬を飲みなさいという医者がほとんどなのです。
患者さんの症状を診断するには、根底にある病理を解き明かさねばなりません。そのためには、30分から1時間が必要です。でなければ、患者さんは自分のこころのいちばんデリケートな部分は話せません。
もちろん毎回そんな時間はとれません。しかし、診断というその後の治療方針や、患者さんの病気に対する認識を作るのに大事なステップである初診のときには、時間を十分さいてくれ、自分のこころのカギを開ける医者を探してください。
皆さんのこころの鎧が取れなければ、結局、こころの傷の手当てはできないのですから。鎧の上にいくら薬を塗っても、傷は治らないのですから。

(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)

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