医療法人 菅原クリニック

統合失調症を照らす 第3回目

●統合失調症の原因
 この病気の原因というものを考える際に、重要な留意点は、統合失調症は単一の病気ではないということです。多くのデータが、この病気にはさまざまなタイプがあることを示しています。
 たとえば、臨床経過にしても、若い頃に徐々に発症し、あまり幻覚妄想は目立たないのですが、人格の荒廃、思考の貧困、感情の平板化という陰性症状が前景に出るために、家族の人も、これを病気と思わず、単に「ひきこもり」であると思ってしまいます。別のタイプは、急に不穏になり、わけのわからないことを言って、暴れたり、あるいは目はしっかりと見開いているのに、いっさいの反応をしなくなったりして、誰の目にもおかしい、奇妙だとわかります。
 また、暴れたりはしないけれども、訳のわからないことをぶつぶつとつぶやいて、奇妙なしぐさをするタイプもあります。
 また、予後(病気が善くなるか悪くなるかという経過の見通し)も、だんだん進行し、回復しないものや、エピソード性(ときおり病相は出現するが、病間期には何の異常もなくなるような病気のでかた)にときおり激しく出て、入院まで必要になることもあるけれど、2~3ヶ月でよくなり、まったくもとのレベルにまで戻るものもあります。
 ちなみに、今では、治療薬の進歩のおかげで、80~90%の人が社会復帰可能になっています。
 物質的なレベルでも、遺伝子の研究が進んでいますが、統合失調症については、さまざまな遺伝子異常が報告されています。しかし、ほとんどの患者さんがこれだというような決定的で、画一的な結果は得られていません。つまり、遺伝子という点から見ても、統合失調症は、一くくりにできる病気ではないということです。
 百年以上前に科学的根拠なしに提唱された疾病概念が、いまだに生き残っているほうことのほうがおかしいのかもしれません。

●心因論の危険性
 こころの問題はすべてこころが生後に受けたなんらかのストレスで生じてくると考える、極端なひとたちがいます。つまり、生物学的要因や、遺伝的なものの関与を否定しようとする考え方です。
 このような考え方を持つひとは、統合失調症を病気ととらえられず、学校あるいは会社で受けたいじめのせいでこのような状態になったなどと原因が心因と考えがちです。そのため、有効な治療を受けずに、民間療法やカウンセリングのみで治そうとか、ひどい場合には放置して何年も経過し、妄想が悪化し、事件、自殺にいたることさえあります。
 もちろんまともな臨床心理士は統合失調症なら、まず精神科を受診して、薬物療法を受けているかなどのきちんとした「適応」を評価してからでなければカウンセリングをひきうけません。
 私が以前勤務していた病院にもこのような考え方の方(本人のみならず家族も)が救急車で来院されました。長年、部屋の押入れにとじこもり、統合失調症の症状である体のねじれが出ていたようです。家族は、そのような状態を放置していました。
 ろくに栄養もとらず、風呂にも入らずの状態で、救急車で来院したときには、髪は伸び放題、体は異臭を放ち、衰弱状態でしたが、何と言っても驚いたのは、背骨自体がすでに曲がっていて、整形外科でもどうしようもない状態だったことです。
 さらに驚いたのは、このような状態になっているにもかかわらず、家族は、その患者さんが精神病ではないと言い張り、精神科病棟に入院することも、抗精神病薬を飲ませることにも反対したことです。
 家族にとってはこのような状態は、学校でいじめを受けたために人嫌いになっただけのことという解釈でした。ですから背骨の曲がりだけを治療して欲しいと言い、精神科はかかわって欲しくないという要求をしてきました。もちろん、今は、インフォームドコンセント(一口メモ参照)を得て治療するのが鉄則ですから、本人や家族から治療同意が得られなければ、医師として手の出しようがありません。
 しかし、だからといって、このような悲惨な患者さんをそのまま帰せば、そのうち衰弱死する可能性がありました。そこで、家族に、かなり丁寧に、これは精神病であること、そのために、腰の筋肉の緊張が高い状態が続いていて、長年それを放置したために背骨まで曲がってしまったことを丹念に説明しました。
 また、主治医になるようお願いした若い先生も、丁寧かつやさしく対応してくれたため、すこしずつ患者さんと家族の気持ちは開いてきて、精神科治療を受け入れ、脊柱側湾の矯正ができるようになりました。
 このようなケースは山ほどあります。むしろ、統合失調症で初診されるかたの、家族はほとんど全員が「今日はどうされましたか」という最初の医師の質問に対して、症状を答えるより、「会社でいじめられて」とか「交通事故にあってから」とか、自分なりの原因を答えます。
 こころの問題はすべてこころの原因で生じるというような、まちがった、心理至上主義が百年くらい前から盛んになり、日本でも、1980年頃までそんな考え方が精神科医のあいだでもかなりの勢力をもっていました。しかし、今日では、そのようなゆき過ぎた心因論に対しては、ほとんどの精神科医は考え方を改め、きちんと科学的根拠に基づいた考え方をするようになっています。

●心因か脳の障害か
 現在の、精神科医の考え方は、統合失調症の原因はかなり多因子的であり、なかでも生物学的因子の占める割合が大きいというものです。また、特別な場合を除いては、統合失調症の患者さんにカウンセリングや精神分析などの個人精神療法を勧めることはありません。一番、有効かつ安価なのは、今日では薬物療法です。
 何が原因かを考える場合、よく引き合いに出されるのは、一卵性双生児の一致率の研究です。一卵性双生児は、DNAの配列がまったく同じで、天然のクローンともいわれます。しかし、一卵性双生児における統合失調症の一致率は、幾多の研究報告があるのですが、不思議なことにすべてがほぼ50%という数字を報告しています。
 これをどう解釈するかが問題なのですが、素直な解釈は、半分は遺伝因子、半分は環境因子ということになります。ほとんどの、精神科医はそう考えていると思われます。
 ところが、たとえば、瞳の色などは、一卵性双生児でも違います。われわれ大和民族は、みんな濃い茶色なので違いはわかりにくいのですが、白色人種でみると本当に違うのがよくわかります。この違いは、いくらDNAの配列が同じでも、その発現は、環境の影響を受けることによって生じうるということが、ようやく数年前にわかりました。ということは、遺伝と環境からの影響という二分法が崩れてきたことを意味します。
 非常に、よく勉強されている先生は、そこのところを理解して、遺伝がどうこうということについては慎重な言い方をする反面、統合失調症の原因は、かなりの部分が脳の障害であると言い切るでしょう。
 実は、19世紀のドイツの医学者、グリージンガーという人は「精神病は脳病である」という名言を残されたのですが、当時は、分子生物学などまったく考えもつかない時代で、光学顕微鏡がせいぜい科学の最先端の時代でした。光学顕微鏡では、統合失調症の患者さんの脳をいくら調べても、変化を認めることはできませんでした。それで、彼の考え方は、根拠がないといって、一時期葬り去られていたのですが、現在は、また新しい意味で、統合失調症は脳の障害であるという科学的根拠が、つぎつぎとあげられています。

●一口メモ
 インフォームドコンセントとは、治療内容について医師が患者さんにわかるような表現で、その効果、欠点、副作用、ほかの治療法の有無などを説明し、治療同意を書面で得ることをいいます。アメリカでは、すべての治療についてこれをやり、患者さんは書面にサインします。日本では、手術同意書と、精神科への入院同意書くらいがきちんとしたものでしょう。なんでも、サインが法的な力を持ち、納得の行かないことは訴訟にするという社会との差だといわれています。
 ちなみに、セカンドオピニオンはある医師の治療方針の説明に納得のいかない場合やより詳しい説明を受けたい場合に、他の医師(たいていは他の病院の)の意見を求めることです。

症例Bさん 20歳 男性
 Bさんは、子供のころから物静かな性格でした。中学までは、友達とも交流でき、ごく普通の青年でした。ところが高校のころから、自分の脳が溶けている音が聞こえてきました。肩が凝るのもそのせい。目が悪くなったのもそのせいだと言い出し、こまった母親が、精神科につれてゆきましたが、医師は「この年齢ではよくあることです。カウンセラーにでも相談しなさい。」と言われたそうです。進学のため、上洛し、やはり身体の違和感を感じるため、私のところへ来ました。訴えの内容は、「体全体がこわばる。」というものでしたが、それは薬の副作用に過ぎませんでした。よく話を聞くと、「駅で知らない人が帽子を脱いだのは、自分に対する侮辱であったので、すぐに警察に連絡した。」とか「耳の中に誰かがいて騒ぐので、耳鼻科で診てもらいました。」とか、明らかに統合失調症の幻覚妄想状態でした。
 彼には、抗うつ剤がすでに出ていましたが、抗精神病薬は出ていませんでした。それを処方したところ、数か月で症状は改善しました。
 現在は、今後ずっとこの薬を飲まなければいけないことなどを説明しながら、社会復帰に向けて、リハビリをしています。
(本文は、養徳社刊「陽気」に平成17年1月から平成18年12月まで連載された「こころの窓」に加筆、修正をしたものである。)

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